海和俊宏公式ウェブサイト
2020年2月15日

苗場ワールドカップ1973年

今年は全国的な雪不足で来週末に始まる苗場ワールドカップも危ぶまれていましたが、先週の大雪で無事に開催される事になったようだ。

苗場ワールドカップは我々の年代には懐かしく思い出深いワールドカップと言っても良いだろう。1973年に初めて日本でワールドカップが開催され、当時雑誌でしか見たこと無い世界の滑りをどうしても見たく、山形から丸一日掛け数人で苗場まで観戦に行った事が世界への扉を開くきっかけになったと言ってもいい。

あの時は大雪で一日順延になったように記憶している。 何処の宿に宿泊したかは定かでは無いが湯沢から苗場まで世界の滑りを見たく朝早くから通いとおした。

雑誌の中から飛び出した選手を目の前に毎日興奮して苗場のゲレンデに向かったものです。

当時のコースは現在行われるコースに向かって左手にある急斜面、あの時は今のように選手層はそれ程でもなかったがノルウェーの選手がGSLで優勝したのかなぁ   随分昔の事で記憶を辿るのもままならないが・・・・・・・日本選手では何と言っても 現在、苗場スキー場でスキーアカデミーを開校している柏木正義さん、当時SLで10位に食い込んだ事で、 あ〜 日本選手でも戦えるんだ!  と感じた事を覚えている。

まだまだぼんやりとしか頭の中に想像出来ていなかった自分のスキー像が、この苗場ワールドカップを観戦した事で自分の進むスキーが明確な夢となり、興奮のまま田舎へ戻った事を覚えている。

それほど、自分にとって苗場ワールドカップは強烈に身体の中に刷り込まれた世界の滑りだったし、 何と言っても柏木さんの10位は、自分にその可能性や夢を大きくし、頑張れば絶対に世界で通用出来る! と言う強い思いを植えつけさせてくれた大会だった。

*竹ポールにフラッグ付き・・・・オーストリー(ヒンターゼアー選手)

 

 

そんな意味でも2020年苗場ワールドカップが多くのジュニアスキーヤーへ夢を与えられる大会になって欲しいと願う。

今回、苗場で行われるワールドカップは1973年、1975年、2016年、そして2020年と4度目の大会になる。1975年の大会には観戦してから2年後の高校生最後の年に苗場のスタート台に立つ事ができWC初出場する事ができた。

自分に取って悔しい思い出と、可能性を感じたWCになった。GSLではビリ(人生初のリザルト最後)SLでは故千葉晴久さん12位の後に続いてディビュー戦で13位の成績だった。(開催国成績でしたが・・・・)

苗場ワールドカップの思い出は尽きる事がない。試合に限らず・・・・・・

今週末の苗場ワールドカップカップの成功と多くのジュニアスキーヤーの夢や希望の大会になって欲しいと願う。

世界との壁が年々大きく感じるこの頃、まずは予選(30位)通過しない事には勝負にならず、アジアでスキー先進国として位置付けていた日本だが、今後は韓国や中国選手にも追いつき追い越されてしまう危機感をも感じてしまう。

アジアと言わず世界で互角に戦える選手がこの先の日本スキー界をも左右するのではと考えてしまう。

やはりこのウインター業界にとって特にアルペンスキーのスターが必要、昨年のラグビーWCに見るようにそのスポーツを強烈に印象づけるのはスター選手がいるかいないかで決まる。

・・・・・・苗場ワールドカップの成功を願っている!