懐かしい・・・

昔昔・・・・若かりし頃、まだ1ドル360円当時からヨーロッパを一緒に転戦した児玉君・・・・本日、よませスキー場で再会、オフシーズンはGを一緒に楽しむメンバーでもあるのですが、スキーウエアーを着てゲレンデで会うのは・・・・・何十年ぶりだろう?
昔、選手引退まで常にWCを共に戦い、ヨーロッパ中を珍道中しながらスキーに明け暮れた友・・・
懐かしいね!
彼を初めて見たのは山形の月山(春スキーのメッカ)でオガサカの合宿で若手の有望株として高校生の時に来ていた時かなぁ?
その時、自分はと言えば月山の「ほていや」と言う山小屋で居候時代・・・当時、自分にはスポンサーが無く居候しながらスキーの練習に明け暮れていた時代、チームの合宿で練習出来ているスキーヤーは超エリートスキーヤーでしたね!
当時は、オガサカスキーやヤマハスキー、西沢スキー、カザマスキーなど国産メーカーが殆どでしたね!
そんな唯一国産スキーでWC入賞を果たした選手は私の知る中では、市村政美さん(当時ヤマハ)、その後は児玉修君(小賀坂スキー)が6位入賞が最後かと思います。
そんな彼とは10年余りWCを共に転々と駆けずり回った中です。
懐かしい!
今は、一緒にGを楽しむ中ですが、正直あまりセンスあるとは言い難い児玉くんでしたが・・・・スポーツへの探究心、努力、突き詰める力、精神力・・・・その全てが彼をWCメンバーまで引き上げた凄さかなぁ。
兎にも角にも・・・半端なく「努力の人」と言い切る事が出来るかなぁ。
やはり努力は嘘をつかないし結果として数値の結果として残るものなのかなぁ。 と思う。
昭和の私のような人間は、どうしても効率的な練習とか言われる前に、自分自身を如何に追い込み、すべてやり尽くす練習をどれだけ消化出来るか・・・理屈でも何でもなく滑る距離、回転数(一つのターン)を如何に誰よりも多く出来るか・・やった人がその種目の上位に来る。
それに尽きるような気が今でもしています。
考え方も昭和だよね!
より合理的、科学的なTRを多く取り入れる事で世界と近づく・・・・必要な事だが、条件抜きで滑った量で上達は必ず結果として現れるはずと今でもそう思う自分がいるのですが・・・・昭和から抜けられない考えです!

彼とは話し尽くせない昔の思い出がいっぱいですね。
ゲレンデで会えて本当に嬉しいね!
お互い歳取ったし・・・・・
彼はその後、ヨーロッパでコーチ業を勉強しヨーロッパの戦い方も熟知、児玉くんの知恵をもっと生かし、少しでもヨーロッパの選手達とより世界レベルで戦える選手を世に選出して欲しいね!

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